読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ファミコンの(わずかな)思い出

 

 巷ではクラシックでミニなファミコンが話題である。
私も当初ポチろうか少し迷ったけど、悩んでいるうちにあっという間に売り切れになってしまった。
大して高い商品でもないので、買っておけばよかったかもと今更思ったり。

躊躇した主な理由は、そもそも私は当時ファミコンユーザーではなかったから。
昔の私は俗にいうセガ人という人種で、ファミコンに対してはむしろ否定的な印象を持っていた。
よくある話で、当時ファミコンが品薄で買えなかったから/親が間違えて買ってきたからとかいう理由でセガユーザーになった人がいたらしいが、私の場合は自分自身の意志でセガマーク3を選んだ。

そんな人と外れた道を歩むことになったのには理由があった。
ファミコン発売のおよそ半年前、私は初めてパソコンを買った。トミーから発売された「ぴゅう太」という機種で、定価59800円。当時の自分にとっては本当に大金だった。
当時アーケードゲームが好きだった私は、パソコンを買えばゲームセンターのようなゲームを自分でも作れる!と大きな夢を持っていた。

しかし実際に触れてみて初めて、現実の厳しさを知ることになる。今考えれば当然ではあるが、当時のパソコンの性能は玩具同然で、業務用のゲーム機には全く太刀打ち出来ない。
ちなみに、ぴゅう太のBASICで制御可能なスプライトは単色でたったの4つ、背景のスクロール機能はなくて画面全体を書き換えるのには何秒もかかる。当時人気だったゼビウスポールポジションのようなゲームなど、到底作れるはずもなかった。

それからほんの半年後に発売されたファミコンは、当時としては圧倒的な性能だった。ゲームセンター少年のあこがれだったゼビウスも、当時数十万円もしたパソコン版よりも高い完成度で移植されてしまう。ガンダムで例えるとザクが主力だったところに突然現れたRX-78の如く、当時いくつもあったホビーパソコンやゲーム機を軒並み駆逐した。

当時の子供達にとって、ファミコンはとても魅力的なゲームだったことは言うまでもない。
しかし、私からすると自分がパソコンを買ったわずか半年後に、より高性能で値段が4分の1というファミコンが発売されたことになる。
…当時の私の心境が想像いただけるだろうか。
某赤い大佐じゃなくても、自分の過ちを認めたくない的な心理になってしまうのは仕方あるまい。

そんな訳で、当時はファミコン少年たちを横目で見ながら、非力なパソコンでベーマガだけを頼りにゲームを作り、後にファミコンよりキャラクタの表示色数などが多いセガマーク3を買った。以降ずっとセガハード一筋で、初めて任天堂ハードを買ったのは社会人になってからだった(ゲームボーイカラー)。

今思うと当時の標準的なゲーム体験からはだいぶ外れてしまったが、ぴゅう太は当時のパソコンとしては珍しくグラフィックエディタを内蔵していたおかげでゲーム作りにおいては色々捗ったし、セガマーク3ではファンタジーゾーン北斗の拳スペースハリアーなどの名作に触れることが出来た。そして何より、当時この2機種に触れていたからこそ、今の自分がこの会社でプログラマーとして飯が食えているというのは間違いない。
そう思うと、やはり当時の自分の選択は間違っていなかったと胸を張って言える。

ちなみに、自分自身はファミコンユーザーではなかったけれど、友人宅で遊ばせてもらったり本体ごと貸してもらうといった事は当然あった訳で、ファミコンに全く触れていなかった訳ではない。もし私がファミコンミニの内蔵ソフトを自由に選べるとしたら、スターラスターゼビウスソロモンの鍵、B-WINGS、特救指令ソルブレイン(シャッターハンド)あたりをセレクトしたい。